日記
アンタイオスにならないように
都心近郊の駅そばの0~2歳児を預かる保育園の栄養士さんから聞いた話です。
「私の働く保育園には園庭が無いので、芋ほりも箱にサツマイモを入れて土をかぶせる方式。その土も土にかぶれる子がいるので、選ばねばならないので面倒で、芋ほりのたびにやれやれ、またこの季節がやってきたかという感じです。最近はクレヨンや絵の具の活動では、手で触れることに対し不安や恐怖を抱くのか触れることのできない子がいます。手の感覚を刺激すること(手が汚れる状況)の経験不足や保護者の反応などを見て手が汚れることは悪いこととという刷り込みのせいではないかと考えます。(何をするにも「後で洗う(拭く)から大丈夫だよ」はよく使う言葉です)」
私は「芋ほりの土で手がかぶれる?!」という話を聞いて、とてもショックを受けました。「これまで幾多の環境からの挑戦に対して適応力を発揮して進化をとげてきた人類も大地と切り話された途端、ギリシャ神話のアンタイオスのようになるであろう」と予言したルネ・デュボス博士の話を思い出したからです。
生き物を食べて、命をつなぐ私たち。その食べものが、土から切り離された存在になりつつあることに一抹の懸念を持つのは、私だけではないと思います。
保育園等で行う「芋ほり」について、今年の保育学会ではこんなことが話題となりました。ただ単に、芋掘りで芋が出てきて楽しいで終わらせず、芋から出てる細かい根がどこまで伸びているかに関心を持たせたり、興味を持つ子に寄り添った対応が大切との話。芋ほりを単なる年中行事におわらせず、子どもの学びの機会とするための議論だったと思いますが、現場ではそれ以前の話が進行しているようです。
食べものが人間のこころと身体の健康に及ぼす影響について、今一度、今から約半世紀前のルネ・デュボス博士の言葉を思い出しながら、今後も食育活動を続けていかねばと思った次第です。
なお、この記事の初稿は10月11日ですが、お話をしてくださった方に確認して私の誤解だった部分を修正すると共に、以下のコメントをいただいたので付記します。
「先日私の務める園では無事に芋掘り体験を終えました。初めは見ているだけ、指一本だけ、で参加していた子もさつまいもが見えてくると一生懸命手で土を掘っていました。畑を持つ保育園の方からすればたらいの中の芋掘りなんて葉も根もなくちょっとしたお遊びにしか見えない活動かもしれませんが、少しずつでもできる範囲で色々な経験を積み重ねてあげたいと思います」
※ルネ・デュボス「人間と適応」木原弘二訳p222より, (1982みすず書房第2版)
「人間は自分の身体とこころに今でも過去をひっさげていて、また未来にも関心を抱いている。真に人間の条件に適切であるためには、適応性という概念に、現在における必要性だけではなくて、過去からおしつけられている制限や未来への期待をもとりこまなければならない。とりわけ、技術上および医療の上での前進が、うわべからすると、進化の上での過去から人間をきりはなしたかのように見えるが、こうした前進にもかかわらず人間は今でも大地のものであり、世俗的である。ギリシャ伝説のアンテウスにおこったように、人間が出現して来て、今でも肉体的に情緒的に人間にいろいろと供給しつづけている生物的基盤との接触を失ったときには、おそらく人間の強さも終わりに近づくことであろう。」
※ルネ・デュボス博士は、ハーバード大学、ロックフェラー研究所に所属し、細菌学者として土壌中の微生物が作り出す「抗生物質」を単離するなど多くの業績。一方で、こうした「抗生物質」の使用は薬剤耐性菌を生み出すことを早くから警告。研究者から環境活動家に転じ、1978年の国連人間環境会議で「Think Globally Act Locally(グローバルに考え、ローカルに行動せよ)」を提唱。デュボス先生のところに留学経験のあるI先生によれば、「あのまま研究を続けていれば間違いなくノーベル賞をとった先生だが、環境の世界に行ってしまった」
※アンタイオス(アンテウス)は、海の神ポセイドンと大地の女神ガイアの子ども。力自慢で幾多の相手を倒してきたが、怪力ヘラクレスとの戦いに敗れる。当初ヘラクレスは、幾度倒してもそのたびに大地の女神ガイアからの助力を得てますます強くなるアンタイオスに苦戦。しかしアンタイオスの足が地面から離れると弱くなる弱点を見つけ、地面から持ち上げて絞め殺すことに成功。
※人間の身体の仕組みは、これまでの進化の過程(過去)を内在。
生命維持に不可欠な水について、生理食塩水の塩分濃度は、海の生物だった時代の海水塩分濃度を反映している例がよく知られる。
ヒトの免疫系は、微生物や微生物由来の病原因子から身を守るために、数百万年の歳月をかけて、無脊椎動物及び脊椎動物の免疫系から精巧な防御機構を進化させてきた。無脊椎動物から自然免疫系を受け継ぎ、適応免疫系は脊椎動物だけに存在。
外界の異物を栄養として吸収する場所、腸は外敵からの侵入がおこりやすい場所でもあり、そこには免疫細胞の70%が集中。そして、そこに生息する腸内細菌が私たちの健康維持に大きな役割を果たし、こうした細菌叢維持のために食物繊維豊富な食品を摂取する必要があると言われている。
ペンフィールドの脳地図で知られる、身体感覚に関する脳の活動部位について着目すれば、指先の感覚に大きな領域がとられていることがわかる。指先を使うことで脳は進化してきた。