日記

2022-04-06 19:03:13

五感を使う楽(愉)しみを「なかひがし」から学ぶ ~日本料理、茶道、サペレメソッド~

ある保育園で園長さんと主任さんに、大根を使った食育の提案をしました。ずいぶん熱心に聞いていただいたのですが、最後にある話をしたら、お二人から「いやあああああー、私たちそんな大根かわいそうで食べられない」と叫ばれてしまいました。

 

京都で最も予約のとれない店、と言われる日本料理「草喰なかひがし」の店主、中東久雄さんの著書「自然を喰む 草喰なかひがしの食べ暦」が先月末に出版されました。

摘草料理で有名な美山荘の料理長をつとめられた中東さんが独立して「草喰なかひがし」を開店して今年で25年。食材を常に「生き物」として扱い「命をいただきます」という姿勢が、料理にとどまらず書物でも表現されることになりました。自然界の一員であると共に食物連鎖の最上位に位置する私たちが、自然とどう関わっていくべきかを、中東さんは料理の提供を通して、私たちに問いかけています。彼の料理を味わうことで、私たちは食から食材の命や生産現場の環境問題にまで、思いをはせることができるのです。

 

どうしてそんなことになるのか考えてみました。私たちが彼の料理から何かを感じることが出来るのは、彼の料理が「五感を使って楽しむ」よう作られていることに気が付きます。これには彼が学んできたお茶の文化の影響を感じます。お茶は、小さな茶室の中で、掛け軸や一輪の花を見て楽しみ、静かな室内でお湯が沸き、茶筅でお茶をたてる音を楽しみ、器の触感を楽しみ、お菓子やお茶の味、香りを楽しむ、文字通り五感を総動員する時間です。狭い空間の中で五感を集中して使うことで、主人の意思や想いについて感じとり、主人と客が心を通わせることができる楽しい時間なのです。

 

「草喰なかひがし」の店内には、カウンター越しに「おくどさん」が鎮座し、その熱、音、匂いを感じることができます。まるで茶室の囲炉裏のようです。店内には奥様が活けた花(秘密らしいのですが写真集もあるそうです)。そして面白そうな器を見つけた古道具商さんから直接入手している器の数々。

 

私は50歳近くになってから国家公務員の仕事を辞めて、栄養士の資格取得のため京都の栄養士養成校に通いました。養成校のフランス料理の先生が珍しい生徒に目をかけてくれて、中東さんを紹介してくれました。日本初のオーガニック牛乳を前職で関係のあった北海道から取り寄せて持参したところ、中東さんはその風味から牧場の風景を想像され、その風味を気に入っていただき、彼のお店でメニューの最後にコーヒーと一緒に提供される「蘇(牛乳を煮詰めて作ったもの)」の原料として使われています。

 

その後、川に遡上した鮭の採卵後の身を利用して加工された鮭節を紹介させていただきました。鰹節とは異なり、グルタミン酸が多く野菜の風味を生かす素材として活用いただいています。そんな縁もあって私が北海道内をご案内させていただいた様子なども著書で紹介されています。本には書かれていませんが、中東さんとお付き合いのある誰もが同じように感じると思うのですが、彼はどこに行っても本当に美味しそうに食べるんです。この人は本当に食べることが好きなんだ、と確信を持って言えます。

 

私達が保育園等で実践するサペレメソッドは、食を五感で感じ、その思いを食べた者同士、時にはお友だちや先生や親と表現し、共感しあうことで、心と心が通じ合うことを手助けするものです。茶道や中東さんの料理は、いわば大人向けのサペレメソッドです。今回の中東さんの本は、そうした観点から、五感を使った食や食育に携わる人にはとても参考になる本で一読をお勧めします。

 

彼の本の中では小学校で大根を栽培して、その皮をはじめ全て余すことなく食べる食育の取り組みが紹介されています。大根が可愛らしい双葉からだんだん成長し、時に固い土ではネジのように土をこじあけるように回りながら成長する姿を観察するのも楽しいですし、葉っぱの美味しさや紫の可憐な花も知ってもらいたいものです。そんな大根を利用した食育をやりたいねと中東さんと話をして、近くの保育園で紹介しました。

 

大根を土から引き抜く収穫時には、大根の側根がちぎれて土から離れます。中東さんは、この様子を「まるで乳飲み子を母親の乳房から引き離すような気がする」と表現されます。私は、中東さんらしい上手な表現だと思って保育園の園長先生や主任さんに紹介したのですが、先生方からは「いやあああー、私たちそんな大根、かわいそうで食べられない」と言われてしまった次第です。

朝の保育園では、送りに来たお母さんから離れたくない子どもが泣き出すのは日常茶飯の光景。保育園の先生方には表現が少しリアル過ぎましたね。

2022-03-27 16:24:00

フィンランドのコミュニケーション教育

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻のニュースに触発され、現在、私の住む京都でも北海道に縁のある者同士で、ロシアに隣接する北海道への想いを語る機会が増えてまいりました。そしてロシアに隣接するフィンランドでの勤務経験のある私には、フィンランドの人たちが今どのような想いでこの状況を分析し、これからどうしていこうと考えているのか、想像することも多くなりました。ロシア軍の自国防衛を理由としたウクライナへの侵攻は、1939年11月に当時のソ連軍がレニングラード防衛のためには国境線の変更が必要と、突如フィンランドに侵攻を開始した冬戦争を思い出させるような出来事です。

 

米ソ冷戦時代のフィンランド大統領の最も大切な仕事は、独立を維持しながら隣国ソ連との関係を良好に保つことでした。独立を維持できずにソ連に併合されたエストニアは、併合前にはフィンランド以上に豊かな国だったのに、ソ連からの独立を回復した50年後にはフィンランドより1桁低い国民所得の国となってしまいました。独立を維持することがどれだけ大切かを示す例です。フィンランドとソ連の間で長年にわたって行われたカウンター貿易は、ソ連の天然資源とフィンランド製品の物々交換であり、決裁機能を担ったフィンランド中央銀行による後年の分析レポートによれば、フィンランド製品は、ドイツ向け等に比べて、ソ連向けは平均9%高く売っていた、ことが書かれていました。価格は需要と供給で決まりますから、おいしい商売をしていましたね。これも独立あってこそ。

 

独立の維持にあたりフィンランドは「ソ連指導部がフィンランドの動きに疑念を持ち始めた」と察知すると、フィンランド大統領自らモスクワに出向きソ連指導部とサウナに入り、文字通りの隠し事のない会話を通じ、ソ連指導部の疑念を払拭してきました。厄介な隣人だからこそコミュニケーションが大切と考えていたのだと思います。ソ連がロシアに変わってからも、フィンランド国会の未来委員会が発行した「ロシアの将来」に関するレポートは、自国語のみならずロシア語版も用意されていたことに、隣国ロシアの人にも読んでもらおう、という意思を感じ感心したものです。

 

フィンランドの人たちは「血の通った人間らしいコミュニケーションの力」が、○か×かで片付けられない日常生活の数多くの問題解決に有用なだけでなく、ビジネスやさらには外交の世界でも極めて重要であると信じているように思えます。そしてその力を高めるための教育が実践されています。フィンランドメソッドとして日本に紹介された小学校の授業は、コミュニケーション力を重視しています。そして未就学児をも対象に、フードトークを重視したサペレメソッドによる五感を使った食育活動が実践されています。(以下のリンクをご覧ください)

https://fivesenses-children.jp/free/finland

 

戦争を他人ごとに考えてなりません。コミュニケーションの不足が、時に恐ろしく痛ましい事件につながることを、ビルの放火事件から身近ないじめ問題まで、様々な場面で私たちは体験しています。

ITやAI、スマホなど機械を通じたコミュニケーションは、時に誤解を引き起こし、時に人を自殺に追い込んだりするような暴力的な力を持つことがあります。これらの視聴覚情報は、客観的な情報であるが故、各個人の想いや気持ちを押しつぶしてしまう側面があります。一方で触覚や特に嗅覚や味覚の情報は、感じる主体、個人の主観が前面にでてくる情報です。口にしない味はわかるはずはなく、口にするしないは個人の判断です。そして、その味の評価も各人各様であってよいのです。フィンランドにおける食を使った「血の通った人間らしいコミュニケーション」のトレーニングには深い意味がある、と感じているのは私の「フィンランドびいき」のせいでしょうか。

2022-03-19 08:31:00

「あの素晴らしい愛をもう一度」~食が育むアタッチメント~

ある日、ふとしたきっかけで、私(代表)の青春時代の名曲「あの素晴らしい愛をもう一度」を思い出しました。

パソコンで検索し、懐かしい音楽をすぐに聴くことができました。

 

命かけてと 誓った日から

素敵な おもいで 残してきたのに

あの時 同じ花をみて 美しいと言った二人の

心と心が 今はもう通わない

あの素晴らしい愛をもう一度

あの素晴らしい愛をもう一度

・・・・

 

何度聞いても素敵な曲です。作詞は北山修さんです。

 

北山修さんは精神分析医としても有名な方で京都府立医大を卒業され京都に縁のある方です。私は直接お会いしてお話を聞いたわけではありませんが、建帛社の「食と心」という本の中で、食事療法で有名な奈良県立医科大学の石井均先生が、北山修さんの発言について以下のように紹介されていて印象に残っているので、ここに記します。

 

「多くの人間が、食べ物を得ることと愛情を得ることを等価と考えていると思うのです。それは、原点においてそうだからです。母親の愛情は食べ物と一緒にやってくる、ミルクと一緒にやってくるのです。

 そこで生まれるものがattachment(アタッチメント)です。「愛着」と訳される場合もありますし、「絆」とか「つながり」と呼ばれる類(たぐい)のものです。これが、人間の基本的信頼感=basic trust=ベーシックトラストの基となります。・・・中略・・・。

 ところが、ここで学ばなければならないのは、本当に大変なことだと思うのですが、「愛情は食べ物から来るのでは無いんだよ」と。愛情は、接触や温かさであり、安心感であり、やさしさであると言うことを再学習せねばならない。」(石井均:病を引き受けられない人々のケア「聴く力」「続ける力」「待つ力」、医学書院2015

 

生れたばかりの子どもにとって、食(ミルク)は愛情と共にやってくる。「食は愛情に似ている」と言われる原点です。だからこそ小さな子どもにとって、食はアタッチメントの形成に重要な役割を果たします。

私達は、保育園や幼稚園に食を教材として持ち込み、園児が先生方と一緒に五感を使って食を味わう体験学習を提供しています。その結果、先生方へのアンケート調査によれば、約8割の先生方が子どもの意外な感性に気が付いて、子どもをよく観察し、子どもへの声かけなどをより多く行うようになったと回答しました。これは北山修さんの歌詞「同じ花を見て心を通わせた」の例のように、同じ食べものを味わって、子どもたちの感性に気が付くことで「子どもと心が通い合う」役割を少なからず果たしたからではないでしょうか。

今日、保育現場においては保育活動の基本として「アタッチメント」という言葉がよくつかわれています。私たちの活動は、この「アタッチメント」の形成にも一役買うことができそうです。それは、サペレメソッドという五感体験・共感型の食育活動が、五感を使って味わうことを通じて、味わった人同士の心と心を通わせる作用があるからです。

離乳期を過ぎると、子どもは「上手に食べさせてもらう」ことから、「自分で食べる」ように成長します。その時期にあって、子どもが安心して主体的な活動に取り組めるためには、養育者との基本的信頼感が必要です。

食を通じた子どもとのアタッチメントについては、今までは当たり前に家庭や保育現場で実践されてきたものです。しかし家庭での孤食、コロナ禍の下で先生と子どもが一緒に食事する機会も制約されている話も側聞する中、食による絆は希薄になっている気がします。食事は「栄養」だけとれたら良いのではなく、アタッチメント形成という観点を忘れないようにと感じています。

あの素晴らしい食をもう一度!

2021-12-14 14:28:57

昆布を食べるとどんな音?

昨日12月13日は、京都では正月準備を始める日「おことはじめ」でした。

今年も残すところあと少し。

コロナ禍ではありましたが、多くの保育園や幼稚園で関係者の皆様の協力を得て、無事に味の教室を行うことができたことにまず感謝です。今年も子ども達との楽しい出来事がたくさんありました。そのうちのいくつかを紹介します。

 

味の教室では味わう際に耳を手でふさいで自分の咀嚼音を聞く取り組みを行っています。

思った以上に大きな音が聞こえるこの取り組みは、子どもたちには面白いようで、味の教室の後も給食時などに、子ども達が「このキュウリ、ポリポリいうで」、「ホンマや」といったやりとりを自発的に行う姿が報告されています。

噛む事が楽しくなって、いろんなものに挑戦してもらえたら、と願っています。

 

今年の味の教室では、昆布を題材とする回を設けました。

昆布をテーマとする紙芝居の後、網走漁業協同組合さんから提供いただいた「長い一本まんまの足付きの乾燥昆布」が登場すると子ども達は興味津々。折りたたんだ昆布をワニの口のように見たてて遊んだり、海の中でゆらゆらする昆布の姿を想像したり、穴があいた場所を見つけては誰が食べたのかな?と考えたりしました。

昆布についた白い粉(塩分やうまみ成分)を見つけた子ども達は、何だか食べたくなってきたようです。

そこで、湯がいて柔らかくした切り昆布を一片ずつ子ども達に配布し、試食してもらいました。

お口に入れて噛んだ際に咀嚼音を聞くように促すと、子ども達は両手で耳をふさいで真剣に音を聞きます。

先生が「どんな音が聞こえる?」と聞くと、「カチカチ」、「コツコツ」など自分の噛んでいる音についての発言が多かった中で、ある園の3歳児には「海にかえりたいって言ってる」音が聞こえたそうです。

どんな音だったのかな。

その子はどんな想像力を働かせていたのでしょうか?

可愛らしく、とても印象に残る子どもの言葉でした。

2020-07-04 09:53:00

みんなで食べるとおいしい!

味の教室を再開しました。

「コロナのことは気になるけど、子どもの成長にとって大切な時期に「味の教室」の体験をさせてあげられないのは問題だから、十分に気をつけてやっていきましょう」とおっしゃってくださった園長先生方の期待にこたえるようにつとめてまいります。

 

次回、2回目の講座では3種類のバナナを試食します。

緑と黄色、そしてシュガースポットの出た少し茶色くなったバナナです。

色も違い、噛み応えも違い、味も渋かったり、甘かったり、そして熟すと香りが出てきます。まさに5感で違いを感じる絶好の食材です。そして数日、緑のバナナをクラスに飾っておくと黄色く変化する姿も確認できます。生き物は変化すること、食べ物に食べごろがあることなどもあわせて感じてもらうことができます。3種のバナナを試食すると各クラスに何名かはなぜか「緑が好き!」という子がいます。固さなのかな?子どもって本当に多様だと思います。

 

このバナナを使った回で、ある保育園での出来事に私は感動しました。

バナナの試食にあたっては、いつも各班には園児人数よりも少し多めに「輪切りバナナ」を配布しますので、何切れかは余ります。

余っているバナナを見た園児が、「もっとちょーだい」とバナナを先生にねだりました。

その先生は、その園児に「それじゃ〇〇ちゃん、みんなと分け分けしてくれる」と5ミリほどの厚さの輪切りバナナを一切れ渡すと、その園児は手で小さくちぎってお友達に分けていきました。最初に大きくちぎってお友達に渡してしまったので、最後4人目の自分の分は少ししか残りませんでした。失敗した!と思ったのでしょう。もう一切れあった余りのバナナの時は、最初のお友だちには小さくちぎり、最後の自分には大きく残すことに成功しました。3歳さんの知恵はたいしたものです。感動したのはここではありません。

味の教室のしめくくりに、当日試食した3種のバナナの絵が描かれたワークシートをくばり、園児にどのバナナが一番美味しかったかをたずねたところ、その班の子ども達は、「みんなで分け分けしたのが一番美味しかった!」とこたえたのです。3歳の子ども達の素直な言葉に驚きました。

 

子ども達の姿を見ながら、人類が他の動物と違ってここまで進化してきたのは、「食べ物をわかちあう、共食の社会があったから」ということに改めて想いを馳せました。幼少期にこんな体験ができる保育園っていう場所は、本当に素晴らしいところですね。

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